Diary | 物語

2018.07.25

移転にまつわるお話

第7話『写真館の幹となるデザイン』

最後にお話しさせて頂きたいのが、『and.』町田美紀さんです。
竹田写真館のショップカード、ホームページ、名刺、ロゴ、などなど
写真館に関わる全てのデザインを担って頂いた方です。

普段お仕事でデザイナーさんとご一緒させて頂くことはありますが、
カメラマンという立場だと0から携わらせて頂くというよりは
ある程度骨組みが決まり準備が整った上でお声がけ頂いてから、
お仕事させて頂くことがほとんどです。
勿論クライアントさんとどういった流れでこういった撮影になったかを
撮影前に打ち合わせすることはありますが、
0から1をクライアントさんと話し合う
デザイナーさんのご苦労な場面は以外と知りません。
そもそもデザイナーさんというと、グラフィック、ウェブ、パッケージ、ロゴなどの
外側をデザインするイメージが強いかと思いますが、
実はそうではなくて、クライアントさんの頭の中にあるものを形にしていく、
クライアントさんにとっての幹のような存在の重要な役割のお仕事なのです。

町田さんは嫁の同郷の友人で、フリーランスとして独立する前の2007年に出会いました。
その当時は東京でお仕事をされていたんですが、
色々なタイミングが重なり2011年拠点をご自身の地元である高知に移されました。
直後の2012年ゴールデンウィーク、
竹田写真館開業に向けての正式な依頼として高知に伺いました。
クライアント側にたってデザイナーさんとお話させて頂く初めての経験となったんですが、
いざホームページの構成、必要な印刷物の仕様、そこに使用する文章など
写真以外のところを掘り下げると。
しっかり頭の中で考えて、ある程度まとまったイメージでしたが、
まだまだ曖昧で、矛盾した箇所もかなり出てきました。
思いがあっても、それをきちんと形にしないと伝わらない。
どうしたいのかを一つ一つ丁寧に聞いて頂き、形にして頂く事から始まりました。
ようやく町田さんのおかげで頭の中の交通整理が進み、形が見えてきました。

デザインに関しては、
もうとにかく毎年撮ることを長く続けられる写真館にしたいのが大前提でしたので
時代が変わっても飽きない、すべてのものがシンプルな方向を目指しました。
写真自体も白い背景にシンプルなライティングで
主役のお客さまのみ浮かび上がって、定点で記録して行く。
飾る為の台紙、フレームも自ずとシンプルになって行きました。
ロゴも色々考えたんですが、いいなと思ったフォントを見つけ嫁にトレースしてもらったものを
スキャンしスタンプにしたものを複写したものがロゴになりました。
名刺も手仕事感がほしかったので、一手間かけてさらにスタンプというアイデアになりました。

ホームページの構成は、
お客様にはとっては煩わしく面倒くさい事ですが、
まず写真館開業の思いを読んで頂いてから、
興味を持って頂いた方のみ奥へ奥へ進んで頂けるような仕組みにしました。
値段や分かりやすい情報だけで選んで頂くより、
開業への思いを知って頂いた上でお越しいただけた方が
絶対にいいと思ったからです。

ショップカードも同様の考えで、二つ折りにし値段も載せない不親切なものにしました。

男兄弟で育った自分にとって、女性の意見はきめ細やか、
かつ指摘もはっきり的確に言って下さいます。
そういう部分も本当に助かりました。

今まで使ったことのない頭を使い、
ホームページの構成、必要な印刷物、そこに使用する文章など
写真以外のところを掘り下げることで、
改めて自分が何をしたいのかを俯瞰してみることができました。
少しずつ竹田写真館の幹が出来上がっていく瞬間でした。
頭の中にあった大きなイメージが、根を張り、幹が出来上がった感じです。
これからさらに根を張り、幹を大きくし、枝が広がり、葉に覆われ、いずれたくさんの実がなるように、、、、。
あとは自分次第です。

移転時というよりは、開業時のお話になってしまいましたが、
移転時も、移転後の今も常に相談にのって頂き、あらゆる面でサポートをして頂いております。
今まできちんとご紹介できていませんでしたので、
改めてお話しさせていただきました。

町田さんは故郷の高知と東京を行き来しながら、
ローカルから大切なことをご自身のスタンスで発信していらっしゃいます。
僕もこの玉造と谷町六丁目の間にある空堀町の小さな写真館から
自分の歩幅で大切なことを発信していきたい。
振り返ってみて改めてそう思いました。

and.


6年前の開業時のお披露目会用のご案内とビールと風船。
名刺、ショップカード、ホームページ。

手作業でトレースしスタンプを作成し、捺印したものをロゴとして使用しています。

2018.02.01

移転にまつわるお話

第6話『写真館移転お披露目会』

移転に伴う新しい竹田写真館のお披露目の会を
5月22日と23日に設けさせて頂く事になりましたが、
遡ること二年半前の2012年9月22日と23日に
竹田写真館開業をお披露目する会を設け沢山の方々に
お祝いして頂いたばかりでした。

そんなタイミングだったので、
またまたお越し頂く方々にも喜んで頂けるように、
ポラロイド写真を撮影させて頂きプレゼントしたい
というのは早々に考えていました。
でももう少し何か出来ないかなと考え至ったのが
お披露目会の招待状が、ポラロイド写真を飾る台紙になるという発想でした。

不特定多数の方に配るものではなく、大切な方々だけにお送りし
記念としても残して頂ける招待状にしたい。
お持ち頂いた招待状を、ポラロイド撮影の引換えとして一旦お預かりさせて頂いて、
出来上がったお写真を貼ってお返しするというものでした。
ご案内のデザインは神崎奈津子さんにお願いさせて頂きました。
普段から紙や印刷にこだわっておられ、
個人の方向けにもオーダーメイドで名刺製作をされていたり。
前から印刷物を製作する時はお願いしたいなと思っていた方です。
何度もお話を聞いて頂き、丁寧に製作して頂きました。

もう一つの感謝の形が、チーム竹田写真館決起集会を行ったお店の店主ペコちゃんのケータリングと
WEEKENDERS COFFEEさんの焼菓子でした。
いよいよ全ての準備が整い移転オープンの日を迎えることになりました。

開場一時間前にこそっと、今回携わって頂きました皆様にお声がけし、
お集まり頂き、先に乾杯をさせて頂きました。

二日間で沢山の方々にお越し頂き、
遠方の方々からも沢山のメッセージを頂きました。
案の定、会を満喫し当日の模様の記録が一切ありませんが。
皆さんのお顔を見ながら、一日でも長くこの写真館を続けて行きたいな
と心に誓うのでした、、、、。

神崎奈津子さん
WEEKENDERS COFFEE
>ペコちゃんこと宮内亜衣さんは現在谷町のTABLE TOPというお店を切り盛りされています。

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丁寧に作って頂きましたご招待状。
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ご持参頂いたご招待状に当日撮影したポラロイド写真を糊付し、その場でお渡しさせて頂きました。
オープン当日に届けて頂いた真新しい椅子に二人の娘を座らせポラロイドで記念撮影。
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一つ一つ手間をかけて作って頂いたケータリング。
味は勿論、新しい門出にぴったりの華やかな見た目に感動。

2017.04.30

移転にまつわるお話

第5話『今の写真館を表す什器建具たち』

元々は一目で写真館とわかるような設えにすればよかったんですが、、、、。
例えばファサードには大きな看板があって一目で写真館だと分かる。
近づくと重厚な扉があり両サイドには丸みを帯びたガラスのショーウインドー。
中には額装されたお客様の写真が几帳面に並べられて、写真館の歴史と思いが表現されています。
扉を開けると木目のフローリング、重厚な椅子がまず目に入り、奥には奇麗なドレープのかかったカーテン。
そして館長がすーっとお出迎えする、、、、。みたいな、、、。

写真館を作るにあたって正直そんなイメージもありました。
ただそうしてしまうとスタジオとしての使い勝手が悪くなってしまいます。
週末は写真館でありながら平日は自身のスタジオとして使用する前提で考えると
変化できて使いやすい白い箱がベストでした。
でも大切な記念にわざわざお越し頂くお客さまに真っ白い世界というのも味気も何もありません。
もう少し写真館に来たという実感やテンションをあげて頂きたい、
だからこそ建具と什器だけは写真館の雰囲気を表現してくれる、
顔になり得るくらいの存在感のあるものが必要でした。
そしてもう一点は「今の写真館」にしたかったのです。
前述したようなレトロなイメージの写真館は当時めちゃめちゃ斬新でかっこいいものだったと思います。
過去形にしたのは、勿論今でもかっこいいのですが、外見の話ではなく中身のお話です。
鎖国から開国への大きな時代のうねりの中で写真は日本に伝わりました。
洋館のイメージはそう言った海外へのあこがれを含んだ、言わばその当時の最先端のイメージだったと思います。
写真は常に新しいものと共にあるというイメージが僕の中にはありますが、
それは、そこから約100年もの間、記録、伝える手段、芸術、 あらゆるジャンルで写真は最先端を走り続けていたのです。
今に目を移すとすっかり写真は高価な一部の人のものから、全ての人にとって無くてはならないものになりました。
そんな今を反映する写真館にしたいという思いが強くありました。
フィルムかデジタルかで最後まで悩んだ挙げ句デジタルにしたのも、
「毎年撮る」に重きをおいて始めた写真館なので、続けていける環境であるかという点も重要だったんですが、
それ以上に「今の写真館」を作るという思いが強くありました。
設えもあえて古いイメージで外見を装うのではなく、作り手の人が思う「今の写真館」を形にして頂き
使い込んで一緒に年を重ねていく。 そんなイメージでした。

5年前の開業当時から竹田写真館の木製フレームをお願いしている粂井仰君。
間借り営業の時から、移転する時には絶対この人に什器と建具をお願いしたいと思っていました。
ついに念願が叶い後日ラフのスケッチを持ってきてくれました。
最初に見せてくれたものは思っていた以上に凄くすっきりしたデザインのものでした。
普段から作ってくれているフレームのような感じでした。
個人的にはすっきりしたデザインが好きで、そこを汲み取って頂いたんだと思います。
フレームは「毎年撮る」がテーマの写真館なので、毎年購入して頂くお客様もいらっしゃるかもしれないと思い、
僕の希望でシンプルなデザインにして頂きました。
途中でデザインを変えたくなかったので、極力飽きない、一枚でも、何枚並んでいてもいい感じのもがイメージとしてありました。
そんな中でもガラスに写真を挟むという斬新なアイデアを盛り込んで頂いたんですが。
今回はそれ以上に存在感があって仰君も楽しんで作れたと感じて頂けるものがいいと再考をお願いしました。
次に見たスケッチでは本当に度肝を抜かれました。
スケッチだけでテンションが上がり、 本当にこの人にお願いしてよかったと思いました。
木材も扉、窓はある程度水に強い米栂(べいとが)。
そのほかのものは全てオリジナルフレームと同じく高知の桜の木で作って頂けることになりました。
本当にありがとうございました。

粂井製作所

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今では別物かというくらい色が濃くなっていますが。それも沢山の方に触れて頂いた証。
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椅子に次いで色々聞かれることが多いハンガーラックとハンガー。
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狭いスペースなのでスタッキングが出来るものをお願いしました。
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撮影直前に確認して頂く用の姿見。写真の想像がついて笑顔になる瞬間。
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写真館の象徴の椅子。「スケッチで描いたはいいけど本当に作れるかわからなかった」本人談。
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どれだけ時間をかけて作ってくれたんだろう。想像するだけで胸が熱くなります。

2017.02.23

移転にまつわるお話

第4話『内装工事』

五月のゴールデンウィーク。いよいよ内装工事がスタートしました。
経費削減と少しでも自分も作業に参加したいという気持ちで、
『PERMILL DESIGN』松本さんと二人で一日かけて解体作業にかかりました。
素人の僕は何の役にも立たず結局ほとんどをやって頂くことになりましたが、
カウンター、扉、窓などを解体し。ほぼ正方形の何も無い箱が姿を現しました。

続いて大工さんに入って頂き、正面奥の部屋兼白壁、左面の白壁の造作をお願い致しました。
もともと壁も床もかなり歪んでいた建物だったので真すぐに直す作業からだったのですが、
一番出っぱっているところで水平を合わせるとどうしてもスペースがロスしてしまいます。
わずか5~8センチとかなんですが、
撮影を考えると少しでもヒキが取れて高さがあるに越したことはないのです。
両者を天秤にかけた結果、撮影に影響が出る壁は泣く泣くまっすぐを優先。
床は高さを優先して歪んだままにすることに決定しました。
撮影時に椅子ががたつくのはそのせいです、、、(すみません、、、)。
奥の部屋は二階への階段下のデッドスペースを利用して、撮影機材、資料などの収納が出来て、
着替えが出来て、作業も少し出来るようなイメージで作って頂きました。
バック紙などの長いものやレフ板、パネル系も収納できるように階段の横に少しスペースを残して
隙間収納ができるように、また当初から不安だった防犯面も解消できるように鍵も工夫して頂きました。

そして塗装は小中学校の同級生にお願いしました。
白という色は以外と難しく、よく見ると青っぽいものから黄色っぽいもの
微妙なものも含めて多種多様で、撮影ではその辺りが結構シビアです。
極力スタジオとして適した白を配合して頂き、
壁は反射を軽減したマットな水性塗料、床は汚れに強い油性塗料を
それぞれ竹田写真館仕様の白として作って頂きました。
勿論日に焼けてずっと同じ白は保てないのですが、
よりベストな環境で撮影できるようにしていただきました。

最後は電気ですが、こちらは撮影に比較的適した白い蛍光灯を入れて頂きました。
日中は少し暗い時もありますが自然光でお迎えすることが多いですが、
暗くなる時間帯や、暗い雨の日は蛍光灯をつけます。
よく天井を見ると、実は一つだけ向きが違う蛍光灯が付いています。
これに気付いた人は今まで一人もいませんが、この蛍光灯だけ独立していて
撮影で使えるようにつけて頂いたものです。
古いビルの踊り場にあった一つの蛍光灯が消化器を照らしているのを見て、
凄くいい感じの光だったので、忠実に再現してみました。

「オーナーがいてたらやりにくい!」と言われながらも、
出来ていく様を見届けたいと仕事に行く前、帰り際など可能な限り顔を出し、写真に記録しました。
想像力を駆使してあらゆることを考えたつもりでしたが、
全てが初めての経験で決めるまでの判断に時間がかかったり、
直前で迷いが生じたりとご迷惑をおかけしました。
そんな僕を暖かく受け止めて頂きながら、さすがはその道のプロフェッショナルの皆様。
部屋と壁の造作が出来、電気が引かれ、ペンキで真っ白になり、建具が作られて。
まだまだスケルトンの白い部屋なのですが、
写真館のステージはあっという間に完成していきました。

Deep Create
浜崎建装株式会社
弘輝電工

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元々の写真館の外観。
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解体後の写真館の様子。
棚の部分を活かして収納部屋を作る事にしました。
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扉、窓、什器をお願いしました粂井仰君と仰君の相棒。
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造作途中の状態です。
水平を取る為に微調整をしながら格子状の骨組みが出来ていきました。
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作業中に初めて気付いたのですが学生さんの通りが多く、
ゴールデンウィーク空けという事もあり本当に気持ちいい風が吹き、
この場所がどんどん好きになっていきました。
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大工さんの『Deep Create』高岡深造さん。
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デザイナーさんで現場監督の『PERMILL DESIGN』松本さん。
初体験の館長に、わかりやすく、丁寧に説明を繰り返して頂き、作業を進めて下さりました。
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窓枠が取り付けられる瞬間です。
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シンク側のコーナーです。
ほぼ造作が完成しました。

2017.01.17

移転にまつわるお話

第3話『チーム竹田写真館結成』

物件を探しながらの二年半。
何となく移転してからの写真館像も理想を込めてぼんやりと思い描いてはいました。
とはいえ、いざ物件が決まると一気に現実の物として形を作っていかないといけません。
金銭的にも物理的にも出来ることと出来ないこととが、目に見えて白黒線引きされていきます。
これは本当に苦しくて、やっぱり何でも想像している時が一番楽しいもんだなとナーバスになりました。
そんな制限のある中でも、しっかりとした設えのものにしたいという思いは最初からありました。
設えをきちんとしたものにすることは、決意表明であり、
その思い(初心)を再確認し、ここまでお世話になった方々や様々なことへの
感謝を忘れない為のものだと思います。
何よりわざわざお越し頂くお客様をおもてなしする気持ちの現れだと思います。
そしてそうして出来上がった大切なモノに囲まれて一緒に年を重ねていくことは、
物が溢れ使い捨てになり、修理するより買った方が安いという違和感のある時代において、
すごく大切なことだと思うのです。
場所が無くても携帯一つあればなんでも簡単に始めれてしまうこの時代。
勿論始めることも大切なことですが、そもそも続けて行くことの大切さに重きを置きスタートした写真館。
きちんと場所を構えることになり、より一層その思いは強いものになっていきました。

そんな大切なモノを作るにあたって、素人の自分がなにかするのではなく、その道のプロの人とお話しして作って頂く。
これは自分もプロとして写真でご飯を食べている以上、その関わりを持つ大切さは常々実感しています。
それもせっかくなら自分が良く知っている、また知ってもらっている近しい人で作って頂きたいという
気持ちでチームを結成しました。勿論チームというのは大袈裟で僕の心の中だけですが、、、。
内装を手がけて頂く『PERMILL DESIGN』松本和也さんと4月のうちから何度となく打ち合わせを重ね、
少しイメージが見えてきたタイミングで建具什器を手がけて頂く『粂井製作所』粂井仰君、
お披露目会のご案内を手がけて頂く神崎奈津子さん。
皆さんに貴重なお時間頂戴しまして一度集まって頂き、一緒に物件を見に行き、
お披露目会当日のケイタリングをお願いするペコちゃんのお店『コップにおさけ おさらにごはん』で
一緒にランチを食べて結束を深めるのでした、、、。

PERMILL DESIGN
粂井製作所
神崎奈津子さん
コップにおさけ おさらにごはん

 

2017.01.05

移転にまつわるお話

第2話『出会い』

2014年よりスタートした『KOCHI natural MARKET@OSAKA』。
当初は『アトリエe.f.t.』のビル内にある『STUDIO CINQ』さんに場所をお借りし、
高知好きの方々のお力添えを頂き、3ヶ月に一度開催をさせて頂いておりました。
食材や加工品の販売をはじめ、毎回その時々の旬のものをテーマ食材とし、
生産者さんにもお越し頂いてお話を伺う。至ってまじめで思いの詰まったマーケットです。
せっかく沢山の方々のご縁があってこの場で開催させて頂いている以上
少なからず界隈の方々ともご縁が繋がればいいなと、お近くのお店さんにも
無理を言いまして色々な形でご協力をお願いしておりました。
その一軒が『mohakiha』さんでした。

店主浅利さんはライター業もされていらっしゃって、
何度か雑誌のお仕事でご一緒させて頂いたり、
勿論取材で『mohakiha』さんに伺わせて頂くこともありました。
でも色々とお話しをさせて頂く様になったのは実はこのマーケットがきっかけでした。
おなかを大きくされていた浅利さんとその年の3月開催のマーケットの
打ち合わせをさせて頂いていた時
「実はお店を移転するんですよ!」
と寝耳に水のお言葉にビックリしました。
界隈をしらみつぶしに歩いていた当時『mohakiha』さんの場所は
大きな扉が印象的で天井も高く、周りも住宅街で落ち着いていて、、、
凄く素敵で羨ましく思っていました。
「大切にしてきた場所だから、知ってる人に使ってもらえたら」という思いで
次のテナントさんを自ら探されていてました。
「僕も立候補させて頂いていいですか?」というのが最初のステップでした。

今までの紆余曲折があったのもあり、感情的にはすぐにでも借りたかったのですが、
急ピッチに想像を働かせて冷静になっていくと引っかかる所が二、三ありました。
まず天井は十分に高かったんですが、梁が走っていてどうしても高さを有効に使えず
希望の高さより300mm足りませんでした。広さもそれぞれ400mm足りませんでした。
最後に一階という部分での防犯面での不安でした。
ただ逆に全てのマイナスポイントを違う角度から見ると、
一階ということで写真館以外にも多目的に使えるなと思いました。
『KOCHI natural MARKET@OSAKA』開催はまさにズバリでしたし、
他にもイベントやギャラリー、習い事スペースにも使えそうだなと。
毎年開催しているプールもこの時に「最高だろうな〜」と思い始めました。
また高さ面で邪魔な梁もストロボやカメラを固定できたり荷物を置いたりでき、
俯瞰セットも快適になりそう、、、と。
広さ面では一階ということで最悪道路まで出ればヒキが道路分まで取れて
超ヒキの撮影まで可能になりそうです。
と考えているうちにどんどんイメージと愛着が生まれてきました。

そして4月に正式に契約をして、5月1日引き渡しとなりました。
お披露目の日はせっかくの路面の気持ちよさを感じて頂きたく梅雨がくるまでの週末で、
竹田写真館が開業した日である9/22に合わせて5/22、23にしました。
大家さんも管理会社の方も本当にいい方で。一気に移転へのお話は加速して行きました。
本当に素敵な物件と出会うことが出来ました。
今まで長きにわたりこの場所で営業を続けられて、
町の人にも愛されていた『mohakiha』さんのご迷惑にならないよう、
僕もいずれこの町の写真館として町の人に愛される存在になれるようにと強く思うのでした。

mohakiha
STUDIO CINQ
KOCHI natural MARKET@OSAKA

info20170105
写真館の窓側にカウンターがありました。『mohakiha』店主浅利さん。
この写真を撮ったときは、まさかこの場所を引き継げるとは思っていませんでした。

2017.01.03

移転にまつわるお話

竹田写真館は今年の9月に開館から丸5年、5月には移転から丸2年を迎えます。
お越し頂きましたお客様はもちろん、その他にも沢山の方々のお力をお借りしながら、
写真館の営業を続けさせて頂いております。
そして移転の際もそうでした。
沢山の方とのご縁やお力添えの物語があって今があります。
今の場所で竹田写真館が営業を始めるまでを
何回かに分けてお話をさせて頂きたいなと
苦手な文章とのにらめっこが始まりました。
時間が経ってしまいましたが、お付合い頂けましたら幸いです。
携わって頂きました皆様ありがとうございました。

第1話『物件探し』

写真館から徒歩5分。子供から大人まで様々な発見と刺激があるアトリエe.f.t.。
代表吉田田タカシ君のご好意により2012年秋、アトリエ休講日に間借りで始まった竹田写真館。
タカシ君がいなければ思いは形になっていなかったのです。
「いつまでいてくれてもいいよ。」と有難いお言葉を頂いておりましたが、
もう40歳近いおじさん(当時です。今は40歳超えています)。
いつまでも甘える訳にもいかないと、間借りは3年以内という設定を自分自身に設け、
その当時からずっと物件を探しておりました。でもこれがなかなか大変でした。
第一条件は天井高(3300mm)と写真館のセットを組める広さがあること(6000x6000mm)。
そして立地。予算、雰囲気、フィーリング、共通の趣味など盛りだくさん。
まず最初のハードルが天井高、この高さをクリアする物件がなかなか無く、
古いビルかビル一階部分しかないとのことが判明しました。
一階というのが以外と問題で、基本予約制なのでそんなに人目につかなくてよかったのと、
色々機材や大切なものが多いので目立つと防犯上不安がありました。
また一階は家賃が高いところが多くちょっと難しいなぁと思っていました。
次に立地ですが、第一希望はアトリエe.f.t.の近く。
あとは何となく雰囲気が良さそうで天井の高い物件がありそうな
阿波座周辺をまずは当たってみましたが、
天井高が可能な物件自体少ないのと予算が桁外れで腰を抜かしました。
そうやって物件を探しては、心が折れて放り投げてを繰り返す日々。
第一希望の玉造、谷六界隈はシラミつぶしに探して、
もう玉造を諦めてうんと遠い郊外で始めるか、もう少し間借りさせて頂くか、
諦めムードが漂う三年目を迎える春先。
意外な所から吉報が届くのでした。

アトリエe.f.t.

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お客様のご希望とアトリエe.f.t.の空き時間を調整して間借り営業をさせて頂いていました。
(当時の室内の様子)
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机を寄せて、その都度セットを組んでいました。
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ビルの4階ということもあり、恐る恐る入って来られるお客様もいらっしゃいました。
(当時のビル外観入口の様子とちょうど4年前の館長)
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’’たのしいにいのちがけ’’を心に、「つくる」を通して「いきる」を学ぶ場として、
アトリエe.f.t.ではこどもから大人まで、様々な年代の方がものづくりをしています。
そしていつもグッと来る熱い刺激を頂いております。
(写真館一周年時にポラロイドで撮らせて頂いた集合写真)